「評価エラー」はなぜ起きるのか
多くの企業では、社員の「仕事ぶり」を測定して処遇に反映させるとともに、人材の育成に繋げる仕組みとして、人事評価(人事考課)の制度が設けられています。この人事評価制度の運用にあたっては、まず制度の仕組みを十分に理解した上で、陥りやすい「評価エラー」を十分に理解することが重要です。
ただし人間には感情があるので、全てを理論だけで通すことは現実的に困難です。人間が人間である以上、好き嫌いもあり、全評価者のエラーが完全にゼロになるということは残念ながらあり得ません。従って人事評価にあたっては、このような限界があることを認識し、エラーを最小化していかなければなりません。そしてそのためには、「評価エラー」というものについて十分に理解しておくことが非常に大切です。
評価エラーの原因
評価エラーには、大きく分けて2種類あります。
評価者による意図的なエラーと、評価者が無意識のうちに起こり得るエラーです。
1.意図的なエラー
評価者が自分の意思で、意図的に制度のルールを破ってしまうものです。
これは評価制度の根幹に反することで、評価者としてあるまじき行為と言えます。
ただし、そもそも自分の意思に基づく行動なので容易に回避できます。簡単に言えば「やらなければ良い」ということです。典型的な「意図的なエラー」は、以下のようなものです。
×自分の嫌いな部下や反抗的な部下などに対して、わざと低い評価をしてしまう。
×評価結果ありきで逆算して、各評価項目のつじつま合わせを行う。
2.無意識のエラー
評価者が意識・意図しなくとも、人間の本能や特性、記憶の仕組み、性格・感情・判断の歪み等によって起こる様々なエラーです。評価をする際にはこのようなエラーが起こり得るものと認識しておくことが重要で、エラーを認識しているか否かによって評価の精度に差が生じてきます。起こり得るエラーを意識し最小化するよう努めるということです。また、事前に自分自身の傾向(どのようなエラーを起こしやすいのか)を知ることによって、エラーの発生を減少させることができます。
それでは、この「無意識のエラー」について、個別にご案内してまいります。
無意識のエラー(1)人間の本能や特性に起因するもの
ハロー効果
特定の評価項目において印象が強かったような場合に、その事項に影響を受けてしまい、その他の項目についても同じように評価してしまう。目立って優れた(又は劣った)特徴や先入観が評価者に強く印象付けられて、他の評価も引きずられて同じような評価としてしまう。必ずしも正しくない「第一印象」に引きずられて、評価をしてしまう。(第一印象効果)
論理誤差
事実を確認しないで、ひとつのことから関連付けて推論や想像で評価してしまう。
先入観エラー
「年齢」「学歴」「性別」などに対する先入観が、評価に影響を与えてしまう。
対比誤差
定められた「評価基準」ではなく、評価者が自分と比べて被評価者を評価してしまう。
自分自身を標準にして、自分の得意な分野は厳しく、不得意な分野は甘く評価してしまう。
親近感エラー(親近効果)
上司と部下が、仕事とは関係のない部分(学校や出身地、趣味や価値観が同じなど)で共通点があるような場合に親近感を持ち、甘い評価をしてしまう。
個人的な付き合いなどがあって親しい部下に親近感を持ち、甘い評価をしてしまう。
噂や評判による錯誤
自ら確認した事実や信用に足る正確な情報ではない、単なる周囲の噂や評判によって評価に影響が出てしまう。
≪解 説≫
この項にある評価エラーは、ある意味で非常に厄介と言えます。なぜならば、私たちの私生活においては、逆にこれらがエラーではなく「通常のこと、当たり前のこと」、場合によっては「生活安全のために必要なこと」として行われているからです。
*日常の生活には様々なことがありますから、あらゆることを全て確認しているのも非効率なので、一つのことから関連付けて推論や想像で判断することは当然よくあります。
*海外の路上でいかにも「危険そうな人」が近づいてきたときに「見た目で判断してはいけない」などと言っていたら危険を回避できません。
*同じ町内でも、趣味も志向も全く異なり話も合わない人と、一緒に旅行に行くことなどないでしょう。趣味が合って好きな人と仲良くするのが通常です。
*近所で悪評が高い人に、「他人の噂や評判など一切気にしない」などと言って、わざわざ自分から近づくこともないでしょう。
私たちは、五感を働かせてリスクを回避し安全な生活を営めるよう行動し、限られた時間を効率的に活用して(サボっても大勢に影響がないことはサボって)、好まない人には近づかず、嫌いなことは他に任せる方法を考え、快適な生活を送れるよう行動しています。
しかし職場環境になると、これらを排除して全て公平かつ適切に接することが求められます。つまり、安全・快適を求める本能的行動や、生活利便のために行っていることを、職場環境に限っては「全て止めてください」と言っているようなものです。
これは常に意識していないとできません。意識しないと「いつもの生活の意識」に戻ってしまいます。この切り替えが重要なのです。
無意識のエラー(2)記憶の仕組みに起因するもの
近時点効果エラー(期末誤差)
被評価者の最近の働きぶりが印象強く残り、それだけで期間全体を評価してしまう。
評価時期の直前から急に頑張り始めた部下を、以前から頑張っていたかのように錯覚して、高く評価してしまう。
期間外評価
評価の対象期間外であるにも関わらず、特に目立ったり印象に残った過去の事象に引きずられ、今期の評価に反映させてしまう。
対象期間外の事象を期間内と取り違えて、評価に反映させてしまう。
≪解 説≫
人間の記憶は時間の経過とともに薄くなっていきますので、評価期間が半年間であったとして、半年前の出来事を全て昨日と同様に覚えていることは困難です。最近1か月の仕事ぶりで評価するようなことにもなりやすく、直近で素晴らしい成果を上げた場合は高い評価に、逆の場合は低い評価になったりしがちです。従って、評価実施に当たっては意識的に半年を振り返る必要があります。常日頃から部下と定期的な進捗確認を行って状況を把握し、できれば指導記録を残すようなことが、振り返りには有効です。あくまで「半年間の評価」であることを意識します。
一方で、非常にインパクトの強い事象は、良いことであれ悪いことであれ、強く記憶に刻まれます。会社の危機を救うほどの成果を上げた人は高い評価が継続しやすく、会社を危機に晒すような失敗をした人は、低い評価が継続しやすくなります。通常の評価制度では、評価期間ごとにリセットされますので、期間外の事象は評価に反映させてはなりません。しかしながら、例えば会社を救って今期S評価を取った人や、大失敗をして今期D評価を取った人が、翌期に標準のB評価になることは非常に少ないという現実もあり、これが「期間外評価」に陥っている状態と言えます。ルールがある以上、従わなくてはなりません。現状のルールが不適当なのであればルールを変更して対処すれば良いのです。変更されない限りは、組織人として従う義務があります。
無意識のエラー(3)偏りに関するもの
厳格化傾向
もともと他人に厳しい、または管理職としての強い役割意識などから、全ての部下に対して必要以上に厳しい評価をしてしまう。特に優秀な上司が、自身の経験や実績を基準にしてしまうと、部下への期待値が高くなり、「この程度のことも出来ないのか」などと思い、評価を低くしてしまう。
中心化傾向(中央化傾向)
自分の行う評価に自信がない、目立つことを避けたい、無難にやり過ごしたい、などの理由により、どの人に対しても当たり障りのない評価をしようとし、高い評価・低い評価を敬遠して、評点が中央値に集まってしまう。
寛大化傾向
部下全体に対して一律に高い評価をしてしまう。
*被評価者への配慮(良く思われたい、恨まれたくない等)から甘くしてしまう。
*評価者自身の能力や実績に自信がないため、部下に厳格な評価をつけられない。
*部下との人間関係に自信がないことから、部下との関係を維持するために評価が甘く
なってしまう。
≪解 説≫
「厳格化傾向」は、優秀で自分に対しても他人に対しても厳しい人、文字通り厳格な人にありがちな傾向です。中には「自分のことは棚に上げて…」という人もいない訳ではありませんが。ただしこれは評価を集計する人事サイドでは検知しやすく、その評価者に個別に対応して理解も得られやすいので、重大な問題となることは多くはないでしょう。
「中心化傾向」ですが、結果的に中心化・ある程度中央値に集まってくること自体は問題ではありません。上述のような理由で意図的に中央値に集めたり、「中心化していれば良いのだろう」などと考えていい加減な(悪い意味で適当な)評価をすることが問題なのです。
「寛大化傾向」は、「少しぐらい甘くしても大勢に影響はないだろう」などと軽く考えて陥ることもあるのですが、これが全体に蔓延すると組織的な評価のインフレ状態となり、生産性が下がったり、本来の優秀層がやる気をなくすなど、時に組織運営に深刻な影響を及ぼすこともあるので注意が必要です。普段から適切な課題指摘・指導を怠らないことと合わせて、厳正に評価を行うことが大切です。
まとめ
人事評価を行うのは人間ですから、全てを理論だけで通すことは困難で、全評価者のエラーが完全にゼロにはなり得ません。人間の本能や特性、記憶の仕組み、性格・感情・判断の歪み等によって起こり得る様々な評価エラーがあります。それらをよく理解した上で常に意識し、エラーを最小化するよう努めることが重要なのです。