「評価の寛大化」の危険性(事例紹介)

多くの企業では、社員の「仕事ぶり」を測定して処遇に反映させるとともに、人材の育成に繋げる仕組みとして、人事評価(人事考課)の制度が設けられています。
人事評価は感情を持った人間が行うことから「エラー」が付きもので、常に留意していなくてはなりません。この「エラー」には、広く知られている「ハロー効果」、「親近感エラー」、「近時点効果エラー」をはじめ、他にも様々なものがありますが、ある意味で危険なエラーとして「寛大化傾向」というものがあります。
「寛大化傾向」とは、部下全体に対して一律に高い評価をしてしまうもので、要因としては、「部下への配慮(良く思われたい、恨まれたくない)から甘くしてしまう」、「評価者が自分に自信がないため部下に厳格な評価をつけられない」、「部下との人間関係に自信がなく、関係を維持するために評価を甘くしてしまう」といったことがあります。
「ちょっとくらい甘くしても大勢に影響などないだろう」などと思いがちですが、この傾向が大きくなると、人材育成が進まないことはもとより、経営に悪影響を及ぼすことも起こり得ます。
「経営に悪影響」と言ってもすぐにはイメージが湧きにくいと思われますので、具体的に事例をご案内しながら解説したいと思います。

会社の状況

事例となる会社は、情報通信業の企業(従業員千人以上)です。
この企業の業績が中期的に下降線を辿っている中、定期的に訪問していたのですが、その中で人事的な課題があることがわかってきました。きっかけは、先方の言葉の端々に出てくる「部下に甘い、叱らない」「ぬるま湯」「職場がパッとしない」といったものでした。そこで人事評価制度の運用に関して伺ってみると、適切に運用されているのか疑問を感じたので、詳細に見てみることにしました。
具体的には、まず人事評価制度の内容(規定類)を把握した上で、過去数年間の評価結果(集計結果、個別の内容)を見せて頂いたところ、以下のようなことがわかりました。
1.評価が極端な「寛大化傾向」に陥っている。
2.上司が部下を適切に指導していない。
3.人事評価のフィードバックが適切になされていない
それでは、それぞれの項目を見ていきたいと思います。

1.評価が極端な「寛大化傾向」に陥っている。

評価結果が上から順にS・A・B・C・Dの5段階であるとすると、2-6-2の法則(上位20%、中間60%、下位20%の分布)に近い形で、S+A=20%程度、B=60%程度、C+D=20%程度となることが標準的と言えます。
しかしこの企業の場合は、S+A=約80%、B=約20%、C+D=ほぼゼロという、かなり極端な状態になっていました。

極めて優れている+優れている人が80%、標準的で合格ラインの人が20%、標準を下回り改善を要する人はいない、というものです。事実であればすばらしい状態で、他に類を見ない奇跡的と言ってよいレベルです。

しかしながら業績は恒常的に下降線で、同業他社と比較しても明らかに低位なのです。全く整合性がありません。これは評価が「寛大化」しており、まともな評価にはなっていない状態と考えるのが妥当でしょう。標準的であったのに「素晴らしい、良くやってくれた」と評価され、課題点がいくつもあったにもかかわらず「標準的にできていた」と言われる訳です。これは会社の求める基準を下げることになってしまいます。例えば「100点満点中80点」が会社の基準であるとした場合に、60点であったにもかかわらず80点相当と評価されるようなものです。評価のインフレです。

そして「100点満点中80点」であるはずの基準が実質的には「100点満点中60点」になってしまいます。業績が悪化するのはむしろ当然とも言えるでしょう。給与や賞与は人事評価の結果に連動しますので、従業員としてはある意味「幸せ」な状態とも言えますが、一方で本当の「優秀層」が会社に失望して流出するにも至っており、これも大きな問題です。

2.上司が部下を適切に指導していない。

なぜ評価が寛大化してしまうのでしょうか。
管理職へのヒアリングや評価コメントの確認等を行ったところ、改善点の指摘や注意などが、平素からほぼ行われていない様子でした。「これまでも厳しいことは言わない文化だったので、今さら改善点の指摘をしようとしても難しい、強く反発される、どうせ聞いてくれない」といった言葉をよく耳にしました。

部下の改善すべき点に目を向け指導を行うことは、管理職者の役割を果たすために必須の業務です。これに対処せず放任する行為は、管理職としての責任を放棄しているに等しいと言えます。
このような状況を放置していると、職場に不満が広がって職場環境の悪化を招き、全体的なモチベーションダウン、モラルダウン、生産性の低下にまで陥ってしまいかねません。

3.人事評価のフィードバックが適切になされていない

上司が部下を適切に指導しない体質は、人事評価のフィードバックにも表れています。
この企業では、人事評価の結果とともに上司が評価コメントを述べることとなっていますが、良かった点は結果を述べるだけで経過行動についての言及はなく、改善点の指摘などはほとんど見当たりませんでした。抽象的な表現で文量も非常に少なく(2~3行程度が多い)、「ルールで書かなくてはならないから書いている」様子が伺え、本来の趣旨からは乖離している状態でした。

確かにSとAで80%の評価結果なのですから、社員の大部分が優秀層で改善点などほとんどない、ということに繋がってはいるのですが、「業績が恒常的に悪化し同業他社と比較しても低位である」という現実とは結びつきません。上司が部下を適切に指導せず甘やかすような企業体質が根付いてしまい、改善しなければならない点が随所にあるにもかかわらず見過ごされてきた結果、会社全体がレベルダウンし続けている状態と言えるでしょう。「これも企業文化」などと言って放置できる状況ではありません。

もちろん「褒めて延ばす」ことと相反するものではなく、良い点は褒め、課題点は指摘して改善を促すということです。最高評価の人でも改善すべき点があれば指摘し、最低評価の人でも良い点があれば褒めます。客観的に是々非々で対応できるよう努めることが大切です。

会社の対応

この企業において、以下のような対応を行いました。
1.人事マネジメント体制の確立を目的とした中期計画の策定
2.新たな人事方針の決定と周知
3.全管理職に対するマネジメント研修の実施
  現状の課題認識、本来的な取り組み方、修正すべ具体的な行動、評価者としての根本事項の再認識など。
4.人事評価制度・運用ルールの一部修正
 評価面談の実施方法、指導コメントなど。
5.早期退職優遇プログラムの導入
 自ら社外への転進を望む社員へのサポートプログラム
 なおこの企業では業績悪化が進んでいたことから、最終的に人員削減にも着手しています。

まとめ

この企業では、常日頃から部下に対する「寛大化」が広がって課題を指摘することもほとんどなく、それが人事評価の結果にも顕著に表れていました。そもそも「評価」とは、単に人事評価制度による評価結果だけを指すものではなく、日常の業務において常になされているもので、その一定期間における集積が「今期の評価結果」として表されるものです。この企業においても、日々の寛大化が積み重なって、結果的に「今期の評価結果」の寛大化に繋がっています。従って、「とりあえず人事評価制度を単体で修正しよう」ということだけで上手くいくものではなく、日々、部下の改善指導を含め適切な対応ができる状態を継続することが重要であることがわかります。

大きな意味での管理職の責務は、以下の3点にまとめられます。
1.業務を企画遂行すること
2.職場と従業員の安全と健康を守ること
3.部下を育成すること
部下に対する適正な指導と評価は、これら全てに大きく影響を及ぼします。言い難い、面倒だからといって避けることなく、会社と従業員の未来のために立ち向かわなければならないことなのです。


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