朝ドラ「舞いあがれ!」におけるリストラの考察
ヒロインがパイロットの夢を諦め、町工場の再建を目指す「舞いあがれ!」というドラマが、NHK朝の連続テレビ小説で今年春まで放映されていました。その中でリストラが行われる場面が出てきたことを覚えている方もおられると思います。
主人公の父親が経営していた会社で、経営不振が続いていた中で社長である父親が死去し、経営を引き継いだ社長の妻(主人公の母親)が、存続のために人員整理いわゆるリストラを行うことになるものです。
テレビドラマですからドラマ用の仕立てになっていますが、経営の厳しい現実と、やむを得ないリストラの必要性、経営者の苦しさなどは切迫感もあり、自分の会社や身の上に置き換えて見ていた方、ドラマでの場面が「他人ごとではない」と感じられる経営者の方もいらっしゃるのではないでしょうか。
ドラマのようなタイミングで社長が亡くなる事態こそ非常に稀でしょうが、その点を除くと、同様の状況は少なくありません。
長引くデフレやコロナ禍の影響により業績が恒常的に悪化している企業、特にコロナ禍の直接的な影響によって急激な業績悪化に見舞われた企業、雇用調整助成金の受給により経営を維持してきたものの終了となったことにより危機を感じている企業、コロナ融資の返済猶予期間終了により経営悪化が見込まれる企業など、置かれた経営環境や苦境の原因自体は異なるものの、人員整理・リストラを含めたコストカットをせざるを得ない、金融機関からも要請を受けている状態の企業は多くあることが伺えます。
一方で人員整理を進めていく場面は、実際はドラマのようにはいきませんし、あくまでテレビ用で現実的なものとは言えません。ドラマの一連の流れを考察し、実際はどのように進めていくべきものなのか、ケーススタディとしてご案内したいと思います。
リストラに至る経緯
舞台となる会社はネジ等を製造する町工場です。もともと苦しい経営状態であったところに発注取り消しが重なり、さらに苦しい状況に陥ります。そのような中で社長が病気で亡くなってしまいます。
社長の妻が経営を引き継ぎますが、前社長がいない状態での存続は困難と判断し、一旦は会社の売却・清算の方向に舵を切ります。しかし社員たちの働く姿を見て考えを転換し、存続させることを決心します。そして事業資金の借入先である信用金庫の意向もあって、コスト削減のために社員3人に辞めてもらうことを決め、リストラに着手します。
対象者の選定
≪ドラマでは≫
リストラの対象者は、社長が一人で従業員の人事記録(履歴書)をにらんで徹夜で決定します。他の人の意見は一切聞いておりません。
≪考 察≫
対象者の選定は辛い作業なので、他に責任を振らずに経営者が自らの責任で決めることは、立場を自覚した姿勢であるとは思われます。ただし本来であれば、人事記録等に基づき、経営陣と各部門の責任者が協議の上、社長の独断ではなく「組織」として、総合的に判断・決定するのが基本的なやり方です。
※また、「いきなり」感が強くなりすぎないよう注意が必要です。
これまで課題の指摘などほとんど受けてこなかった従業員が急に退職を勧められた場合、ギャップが強く「これまで何も言われてこなかったのに、いきなり何なのですか」などと、反発が強くなります。これには普段からきちんと「評価」と「フィードバック」がなされていることが有効で、評価の仕組みを適切に運用し、社内での立ち位置を意識させておくことが大切です。また、過去の評価結果に基づいて対象者を絞り込むこともできますので、ドラマでは徹夜で取り組んだような作業も軽減できます。
人員整理の計画
≪ドラマでは≫
人員整理をどのように進めていくのかについての計画の描写はありませんし、進行を見ていても、事前に計画を立てて進めていたようには見えません。対象者を決めていきなり着手したように見えます。
≪考 察≫
人員整理を進めるには、実行計画を立てて進めていくことが有効です。
誰が話をするのか、どのように話をするのか、どのくらいの期間で進めるのか、退職に応じてもらうための優遇策、再就職のサポート、想定されるトラブル等への対応策など、行き当たりばったりではなく、事前に協議して経営陣やキーマンで共有し「組織として対応する」ことがポイントです。
面談者(面談する側)
≪ドラマでは≫
社長とその娘(主人公)が2人で退職勧奨の面談をしています。
≪考 察≫
退職勧奨を伴う面談は、1人または2人で対応するのが原則です。3人以となると、違法な「退職強要」と判断される可能性が生じてきます。この点では適切と言えます。しかしながら、社長の娘が面談者となっていたことには違和感があります。対象となる人にとっては人生の決断を求められる一大事です。しかるべき責任と役割を持つ者が覚悟をもって対応しなくてはなりません。
役員でも役職者でもなく手伝っている程度の立場の者が、社長の娘というだけで、「お母さんを手伝いたい」などといった公私混同の理由で参加すべきものではありません。この場合、辛くても社長が1人で対応するか、他の役員かキーマン(創業時から仕えてきた古参の従業員がいました)と共に2人で対応するのが適切でしょう。ドラマなので問題なく進んでいましたが、現実でしたら違和感が強くなるでしょう。
面談の進行
≪ドラマでは≫
面談開始とともに「辞めて頂きたい」とストレートに伝えます。それに対して3人の対象者のうち2人は即答で了承しますが、1人は拒否します。拒否した1名に対しては、その後も娘(主人公)が声を掛けますが、やはり断られます。そこで、本人の意向は無視して先に同人の再就職先を決め、それをもって再度話をして、最終的には退職の合意を得ます。
≪考 察≫
*退職してもらいたい旨を伝えることは、本人にとって重大な事態でショックも大きくなります。不祥事を起こしての懲戒処分などではありませんから、結論からストレートに伝えることは適当とは言えません。感情的になって強く反発してくることもあります。まず会社の置かれた極めて厳しい現状、未来を見越した対象者の立場や今後のキャリア形成、そして会社の意向を伝えるといった、フェードインの流れの方が適当です。
*退職の勧奨に対して3人の対象者のうち2人は即答で了承していますが、現実ではまずあり得ません。根気よく複数回の面談に臨む覚悟が必要です。もとより人生の重大な決断ですから、その場で回答を求めること自体が不適切です。ほんの数十秒か数分程度の話で決断できる訳がありません。これは非常に不誠実です。「重要なお話ですのでご家族などともよく相談なさって頂き、その上で改めてご意思を確認させてください」程度の配慮は必須です。
*退職を拒否した1名に対して、社長の娘(主人公)が、他の社員もいる食堂のような場所で再度声を掛け、周囲の人は状況を察してそそくさと出ていきます。退職を勧めていることが明らかに知れ渡っており、そのような状況で衆目の中で声をかけることは不適切です。本人の心情的にも辛いものでしょう。もとより「なんで社長の娘が出てくるのだ?」といった非常識感もあります。
*本人の意向を無視して先に同人の再就職先を決めてしまうようなことも、全く現実的ではありません。たまたま運よく相手が満足する可能性もないとは言い切れませんが、「応諾もしていないのに勝手に何をしているのだ」と反発される可能性が高いでしょう。逆に、かたくなになってしまう可能性もあります。もとより再就職先の企業側も、本人と面接もしないで採用を決めるなど、現代ではまずありません。相手の意向も確認せずに先回りすることなどせず、正々粛々と段階を経ていくことが、結果的には最短となります。感情のある人間を相手にすることですから、都合の良い「魔法の杖」のような方法は残念ながらないのです。
再就職先のあっせん
≪ドラマでは≫
退職を了承した2名に対する再就職先を探す工程は、ドラマでは省略されていましたが、わりとスムーズに決まった印象でした。本人が面接を受けずとも社長の紹介だけで採用が決まった様子に見えました。退職を拒否した1名に対しては、先方企業の担当者に工場に来てもらい、その担当者が本人には気づかれないように仕事ぶりを見学した上で採用を決めていました。
≪考 察≫
会社側が従業員の再就職先を探そうとする場合、ドラマではスムーズに進んだ様子でしたが、現実的には、相当数(概ね数十社)の企業を回る必要があり、ドラマの描写よりはるかに大変な作業となります。また前述の通り、再就職先の企業側が、本人と面接をしないで採用を決めることはまずありません。仮に面接までこぎつけても、そこで不採用となる可能性も少なからずあります。相手の企業も慈善事業ではなく、人材採用には会社の未来がかかっていますので、ドラマのように容易いことではありません。総じて会社側としても労力は相当要し、経営危機の対応と同時進行することは、労力的にも時間的にも困難になることが想定されます。そこで最近活用されているのが、退職者の再就職支援を専門に行う会社のサービスです。再就職に関わる様々な作業を全てプロとして対応してくれますので、このサービスを活用することが費用対効果の点でも良策かもしれません。
まとめ ~ドラマにおける課題点と対応~
それでは、これまでご案内してきた内容について、簡単に論点を絞ってまとめてみましょう。
◇対象者の選定
*社長の独断で対象者を決めている。
→ 特定の者の独断ではなく、「組織」として総合的に判断・決定する方が適切。
◇人員整理の計画
*特に事前の計画などはなく、対象者のみを決めていきなり着手している。
→ 人員整理を進めるには、綿密な実行計画に基づき進めていくことが有効。
◇面談者(面談する側)
*社長とその娘(主人公)が2人で退職勧奨の面談をしている。
→ 社長の娘が面談者となる合理的な理由がない。
担当する役員か部門長、または管理部門の責任者が行う方が適切。
◇面談の進行
*面談開始とともに「辞めて頂きたい」とストレートに伝えている。
→ 相手の人生に関わる事項なので、誠意をもって丁寧な説明を行うべき。
*退職の勧奨に対して、3人の対象者のうち2人が即答で了承している。
→現実ではまずあり得ないので、根気よく複数回の面談に臨む覚悟が必要。
また、最初の面談の場で、いきなり人生に関わる重大事項の回答を求めてはならない。
*退職を拒否した1名に対して、社長の娘が衆目の中で再度声を掛けている。
→相手の心情にも配慮し、声掛けに関しては時と場所に留意する。
*退職を拒否した1名に関して、本人の意思を無視して先に同人の再就職先を会社側で決めてしまっている。
→再就職先の企業側が、本人との面接もなしに採用を決めることは現実的ではなく、また、応諾していない状態での会社の勝手な行動に対して反発される可能性も高い。実行計画に基づき、あわてずに正々粛々と段階を経ていくことが大切。
◇再就職先のあっせん
*社長が対象者の履歴書をもって企業を訪問し、再就職を依頼している。
*退職を了承した2名は、社長の紹介により本人が面接を受けずに採用が決定。退職を拒否した1名は、企業の担当者が本人の仕事を秘密裏に見学して採用を決定。
→ 再就職先の企業側が、本人と面接をしないで採用を決めることはほとんどない。また、職種や年齢によっても異なるが、数社程度への依頼で採用に至ることは現実的ではない。書類選考、面接審査を前提とし、多数の企業にアプローチする覚悟が必要。
→ 再就職支援を専門に行う会社のサービスを活用することも有効な手段。
適切な進め方の流れ
それでは、ドラマでの設定においては、どのように人員整理を進めていくのが適切なのか、改めてその流れをご案内します。
【準備段階】 (制度の設計や事前準備を行います)
①組織の意思決定
コスト削減のための人員整理は会社の存続にも関わる重大事項ですので、社長の独断ではなく、経営陣で協議した上で「組織として決定」します。
②スケジュール決定
特に対象者との面談の進行を想定し、必要十分で実行可能なスケジュールを決定します。闇雲に進めるのではなく、ゴールを決めて進めることが大切です。経営上の理由で先に退職日が決まっている場合は、その日をゴールとします。
③優遇措置の決定
対象者が合意するための優遇措置(退職金の割り増しや再就職の支援など)を決定します。
④コスト/原資決定
優遇措置に基づき、必要となるコスト/原資を決定します。
⑤個別対応方法の検討
個々の対象者に対して具体的にどのような対応をしていくのか検討します。
⑥労使調整
労働組合や労働者代表に対して、対象者が相談に行くことが想定されますので、事前に会社方針を説明し、理解を得ておくことが大切です。
⑦面談準備
面談が、違法な状態や対象者を追い詰めるような不適切な状態にならないよう、事前に十分な知識を習得し準備しておきます。
【実行段階】 (面談対応や進捗管理を行います)
⑧対象者との面談
事前に習得した知識に基づき、違法とならないよう留意して適切な面談を行います。1回の面談で終了することは現実的ではないため、複数回実施することを念頭に置きます。
⑨退職合意
対象者が合意したら、退職合意書を取り交わします。本人の自主的な退職ではないため、退職願を提出させるよりは退職合意書の取り交わしの方がスムーズにいくことが多いです。
⑩退職に向けて、再就職活動
対象者が退職に合意したら、業務の引継ぎ等を考慮しながら、再就職活動を認めます。会社でサポートする場合や再就職支援会社のサービスを利用する場合も、すぐに対応を開始することが有効です。
最後に
人員整理の実施に至るということは、会社が、一定の高いレベルでのコスト削減を要する事態にあるということです。
この場合、①全員の給与を一律で大きく削減するか、②一定の人員を削減するか、選択しなければならない場面でもありますが、①を選択した場合、全社的なモラルダウン・モチベーションダウンを招く恐れが大きく、後々に悪影響を及ぼす可能性があるため、②を選択することが多いのも現実です。会社の置かれた状況によっては、人員整理を実行しなければ、会社の存続自体が厳しくなる場面もあるでしょう。まさに苦渋の選択であることは間違いありません。
一方で、日本における企業は、大企業から中小企業まで含め、3百数十万社あります。ある従業員が、現在の所属企業では実力を発揮することが難しい状態であったとしても、その能力を必要としている企業、活躍できる企業が他に必ずあります。この十年来、企業の垣根を超えた人材リソースのシフトを、政府も推奨してきています。これは人的資本を社会的に有効に活用しようということで、働く人の活躍の場を広げていく取り組みでもあります。この実現は、結果的に企業と個人の共栄に繋がることでもあるのです。