ねほりんぱほりん「リストラの担当者」についての考察
「ねほりんぱほりん」というNHKの番組があります。番組の案内によりますと、「顔出しNGのゲストはブタに、聞き手の山里亮太とYOUはモグラの人形に扮することで、『そんなこと聞いちゃっていいの~?』という話を“ねほりはほり”聞き出す新感覚のトークショー」ということです。この番組で先般、大手企業でリストラ業務に従事していた男性2人をゲストに迎え「リストラの担当者」が放映されました。
視聴者の皆様の感想では、大会社はひどい、人事は冷酷すぎる、気分が悪くなった、最後まで見ていられなかった、といったものが多く、もはや現代のホラーだ、というものまでありました。確かにあの番組を見ただけですと、そう感じるのも無理はありません。
しかし、ちょっと待ってください。
やはりテレビの番組ですから、インパクトのある題材を選んだものと思われますが、番組にあったような事故(面談する側の自殺)などめったに起きるものではなく、極めてまれなケースです。また、事例がひと昔前のもので、特に個別面談の進め方などには違法な要素も含まれておりますが、現在あのような進め方をすることは、まずないと思われます。現代のホラーではなく、過去のホラーと言っていいでしょう。
では実際はどのように進めていくべきものなのか、番組の内容を考察しケーススタディとしてご案内したいと思います。
「リストラ」とは
「リストラ」とは、番組でも説明がありましたが、英語の「リストラクチャリング」の略語で、本来は会社や事業の「再構築」を意味する言葉です。しかしながら現在では「人員削減」を意味する言葉として定着してしまっている感があります。この「リストラ」の他にも「希望退職」や「早期退職」といった言葉がありますが、今では割と普通にテレビや新聞に登場しますし、会話にも出てきます。
これらの単語が今のようにポピュラーになったのはいつからでしょうか?
それはリーマンショックの後からです。
リーマンショックとは、2008年9月に米国の投資銀行リーマン・ブラザーズ・ホールディングスが、負債総額6000億ドル(約64兆円)という米国史上最大規模で倒産したことを契機として発生した、世界的な金融危機のことです。日本でも影響は甚大で、日経平均株価は大暴落、企業の「派遣切り」が発生し、年末年始には年越し派遣村が開催されたことも記憶にあるかと思います。
そして翌2009年には、日本中の多くの企業が厳しい経営状況を迎えることとなります。この時の状況は深刻でした。それこそ数か月以内に販管費を半分にしなければ経営が破綻する、というような極端な状況も多く見られました。この時、それまではほとんど知られていなかった「希望退職」「早期退職」といった施策が企業において多く行われ、広く知られるところとなりました。
極めて短期間で収支を改善するには、遊休地や資産を処分して対処できる企業などごく限られていますので、人員削減をする他には手段がなかった企業も多かったのです。この過程で、企業を再構築するリストラクチャリングと言う言葉が、再構築=人員削減の意味合いになってしまい、略語の「リストラ」として定着していきました。
そして現在では、リストラ=人員削減でほぼ同義語となっていますので、以下の考察においてもリストラ=人員削減の意味で使用してまいります。
今回登場したのは、会社の不採算部門の人員削減を担当したソウタさん(30代)と、業績悪化で閉鎖する工場のリストラを担当したイチローさん(30代)です。番組では同時進行していきますが、施策内容は全くの別物ですので、わかりやすいように分けて見ていきます。
1.ソウタさんの場合(不採算部門の人員削減)
ソウタさん:30代、人事歴10年
人事部に所属し、会社の不採算部門のコストカットのため、社命により人員削減を行います。
減らすべき人件費の金額を示され、それに基づき対象者ピックアップし、個別に退職の勧奨を進めていくものです。
対象者の選定
上層部から減らすべき人件費の金額のみを示されます。お金でものを見ているので対象者は誰でもよいということです。具体的な人選は人事部で行い、まず業績や勤務態度が悪い社員の名が挙がるそうですが、その際、以下のポイントがあるとのことでした。
*家族がいること
家族がいるとローン等があり、減給が困るので、「他社に再就職」という展開にしやすい。
*勤続年数が長いこと
勤続年数が長い人はプライドが高く、降格や異動に対して「嫌だ」と言ってくるため、リストラする側としては好都合である。
*役職に就いていること
役職に就いている人は、業績悪化の責任を問いやすい。
≪考 察≫
人事部としてやりやすい相手を選ぶことから始めていますが、順序が逆です。一定の基準に基づいて対象者を選定し、その人に家族がいたらこう言おう、勤続年数が長ければこう言おう、役職に就いていればこう言おう、ということであれば、発言内容の是非はさておき、順序としては適当ですが、このケースでは順序が逆になっています。会社の未来を考えての人事戦略に基づくようなものではなく、相手はモノではなく「人」であるにもかかわらず、目の前の業務を遂行するだけになっています。
また、3点のポイントのうち、役職者が業績悪化の責任を負うというものには選定の根拠がありますが、他の2点はテクニカルな「やりやすさ」を求めたもので、選定の根拠には全くなっておりません。対象者の選定は、企業規模や削減規模によって異なってはきますが、本来、人事記録等に基づき、経営陣、各部門の責任者、人事部で協議の上、「組織」として総合的に判断・決定するのが基本的なやり方です。
ご参考までに、ジャック・ウェルチ氏が、かつてGE社において行った「マネージャーの4分類」というものがあります。企業価値観を共有しているか・共有していないか、成果を上げているか・上げていないか、という視点で4つに分類しているものです。「成果」より「企業価値観の共有」を重視する様子が伺えますが、特に≪企業価値観を共有していないが、成果は上げている者≫は≪要注意人材≫ということで、「矯正する。矯正できなければ排除する。」としているのは興味深いところです。

対象者との面談
≪番組では≫
勤務中の対象者の背中を叩き「仕事中お忙しいところすみません」と話しかけ、別室へ連れていき、机を挟んで座ります。そして「何で呼ばれたかわかりますか?」と問いかけます。そこからは、自ら落ち度を話すように向けるため、人事部側は沈黙して何も言いません。
沈黙に耐えられなくなった相手が自分の落ち度について話をしたところに、「この会社で今後輝いていくのは難しいのでは?会社を辞めてくれませんか?」と伝えます。そして、「いま辞めたら退職金をこれだけ上乗せできる」と伝えると、この後の生活が頭をよぎる、「今しか」というキーワードによって「サインした方が良いのでは」という方向になっていく、とのことです。
≪考 察≫
決して多くはありませんが、恒常的にこのようなパターンで実施している会社はあります。そのような会社では日常的な場面となっている場合もありますので、ソウタさんの会社も同様の会社であったものと伺えます。しかし基本的には、衆目の中で対象者に声をかけることは適切ではありません。退職を勧めていることが知れ渡ってしまいますし、本人の心情的にも辛いものです。電話やメールなどで個別に連絡し、面談の日程と場所を決めて来てもらい、周囲との視界や音声が遮断される個室で面談を行うことが適切です。(ただし、閉じ込めるようなことは退職の強要になりますので、施錠はしません。)
面談でソウタさんは、まず「何で呼ばれたかわかりますか?」と問いかけ、そこからは、自ら落ち度を話すように向けるため、人事部側は沈黙して何も言いません。試しに体験してみるとわかりますが、向かい合った状態で沈黙が続くのは辛いもので、長くは耐えられません。意図的にその心理に付け込んでいるもので、もちろん一定の効果はありますが、誠意的な対応とは言えません。「用があって呼んだのはそちらでしょう?」と誰でも思うはずです。退職してもらいたい旨を伝えることは、本人にとって重大な事態でショックも大きくなります。不祥事を起こしての懲戒処分などでなければ、結論からストレートに伝えると、感情的になって強く反発してくることもあります。基本的には、まず会社の置かれた極めて厳しい現状、未来を見越した対象者の立場や今後のキャリア形成、そして会社の意向を伝えるといった、フェードインの流れの方が適当です。
なお、人間の心理に訴える「今だけ」アプローチには、確かに一定の効果があります。
合意しない対象者への対応
≪番組では≫
退職に合意書しない場合は、「残るのなら頑張れるよね、じゃあ営業目標を一緒に考えよう」と話します。そこで本人が「前年の105%を売り上げる」と言えば「105%で今の経営状況を打開できるかな?」と返します。すると本人が自分で目標を上げていき、110%、120%、130%と、実現不可能な数字に達していきます。あくまで自ら目標数字を言わせるよう仕向けています。
ソウタさんは、「できる訳ないですよ。でも、本人は自分が退職勧奨を受けているので、頑張るんです。休日返上で頑張ったり、夜遅くまで頑張ったり、これをずっと続けてくんですよね。3カ月ぐらいそいうい状態を経過観察し、その頃には顔色は真っ青で話もろくすっぽ聞こえていないですし、もうズタボロですよ。」と語っています。そのタイミングで「大丈夫か。病院で診てもらったほうがいいんじゃないのか?」と促し、病院で抑うつ状態と診断されたら本人と話をした上で休職にする、そして就業規則に基づき既定の休職期間を満了すると、雇用期間終了で退職とするとのことでした。
≪考 察≫
番組では、弁護士の見解が以下のとおり述べられていました。
①なんとか自発的に辞めてもらうため、嫌がらせをしている状態。これで労働者は損害を被ったのだから、民法709条(不法行為による損害賠償)の損害賠償責任が生じてくる。
②売上目標が達成不可能な数字で、会社はそれをわかっているのに本人がウツになるまで仕事をさせて追い詰めた。労働者の精神面を管理する安全配慮義務に違反している。
ここで、退職勧奨について見てみましょう。退職勧奨については法令で直接規定されてはおりませんが、裁判によって以下のように判断されています。(要点抜粋)
*退職勧奨とは、勧奨対象となった労働者の自発的な退職意思の形成を働きかけるための説得活動 (日本IBM事件 東京地裁 H23.12.28)
*人事管理等の必要性に基づき、職務行為として、自由にいつでも、被雇用者に対して退職勧奨をなすことができる。(下関商業高校事件 広島高裁 S52.1.24)
*退職勧奨は、手段・方法が社会通念上相当と認められる範囲を逸脱しない限り、使用者による正当な業務行為として行い得る。(日本IBM事件 東京地裁 H23.12.28)
*被勧奨者は、何らの拘束なしに自由にその意思を決定しうる。(下関商業高校事件 同上)
*被勧奨者の任意の意思決定を妨げ、あるいは名誉感情を害するがごとき言動は許されない。(下関商業高校事件 最高裁 S55.7.10)
*被勧奨者に不当な心理的圧力を加えたり、またはその名誉感情を害するような言動をすることは許されない。(日本IBM事件 同上)
解りやすく表現しますと、退職勧奨とは「自ら退職してもらいたい旨を伝えること」で、それ自体には問題はありませんが、本人も自由に意思決定ができるので、嫌と言えない状況、退職を選択するしかない状況に追いつめるような行為は、違法になるということです。
ソウタさんの事案では、明らかに違法な域に達しており、対象者が健康を損なって就業ができない状態にまで至っています。もし訴訟を起こされた場合は、損害賠償責任は免れなかったでしょう。人生を失いかねない事態で、非人道的と言っても過言ではありません。
ソウタさんは「専門知識はなかった」と弁解していますが、これも論外です。社員の人生に関わる事項です。「知りませんでした」が通用するものではありません。会社・上司の責任も重大です。まず法令や判例を十分に理解した上で、面談の回数・頻度、期間、話の内容、話し方や態度、時間や場所、進捗・情報の管理など、適切な方法で進めなければなりません。
ソウタさんのその後
≪番組では≫
ソウタさんは、「一番怖かったのは、やらなければ自分が切られるということで、そのプレッシャーで必死にやっていくしかなかった」と語っています。しかし、自分の父親と同年代の男性を対象にしたとき、初めて相手に感情が入り、人の人生を狂わせているのではないかと思って吐き気が止まらなくなったそうです。
また、自分がリストラした40代の男性からストーカー行為を受け逃げ回りますが、自宅を特定されて転居することにもなります。その後、自分もパニック障害になり、会社の人事方針に疑問を持つようになって転職します。しかし転職した会社において、台風時の対応に不満を持ち強く反発したことにより、今度は自分がリストラ対象者となってしまい、再び転職することになります。
≪考 察≫
視聴者の感想では「因果応報」「すっきりした」などのコメントもありました。テレビドラマの感想のような感覚でしょうか。しかしこれは架空のドラマではなく現実です。おそらく十分な専門教育やサポート体制もないままに、いち社員、それも30代もしくは20代の若者が任されて、「人」の人生を扱うような特殊な仕事を、通常業務のごとく処理させられていた可能性もあります。本人の感じていたプレッシャーも相当なものだったでしょう。残念ながら、会社側が十分な管理体制・バックアップ体制を敷いていたとは思われません。自ら退職するに至り転職を繰り返すソウタさんもまた、ある意味で被害者とも言えます。
リストラの面談を進めることは、通常業務とは全く異なる範疇で、相当に辛く苦しいことです。いち担当者の責任範囲でノルマを達成するように進めるものではなく、十分な管理体制・バックアップ体制をもって、会社の責任の下に「組織として」取り組むべきものです。
2.イチローさんの場合(閉鎖する工場のリストラ)
イチローさん:30代、人事歴15年
業績悪化により地方の工場を閉鎖することになり、約200名の従業員全員に退職してもらうために担当として東京から赴任します。なおこの地域は彼の地元とのことです。自身は裏方となり、実際の対応・従業員との面談は現場の管理職が行う形で進めます。
人事担当の選任
≪番組では≫
あえて工場の地元出身者のイチローさんを担当として赴任させています。理由は、「共感しやすい、仕掛けやすい」とのことです。
≪考 察≫
「共感しやすい、仕掛けやすい」の意味がどうにも理解しかねます。イチローさん自身も退職する前提で赴くのであれば状況は異なりますが、彼は本社の人事担当ですから工場閉鎖の影響を直接受けることはありません。自分は安全な立場から、他人の、しかも地元の人間の退職を進めている、と受け取られるのが一般的で、好意的な印象を持たれることはないでしょう。むしろ反発される可能性が高くなります。事実、同級生の親をリストラしていることもあり、その後、同窓会に出席できなくなったと語っています。
一般的には、個人的な感情や利害がからんで公平な取扱いができない状態を避けるため、地縁などのない担当者とすることが適当です。
人事担当の年齢
≪番組では≫
30代(当時20代の可能性もあり)のイチローさんが担当となっています。
≪考 察≫
特に工場閉鎖などの重大な事案では、企画・調整担当となる者の役職・年齢も重要なポイントとなります。もとより会社の重大事案の進行の責任を負える立場であるべきということもありますし、実行上必須な指示・調整などをスムーズに進めることができないと、施策自体が順調に進行しないこともあり得ます。工場の閉鎖を喜んで受け入れる当事者などほとんどいないでしょう。面談を進める幹部社員も同様です。しかし会社の決定に従い進めなければならない、非常に苦しい立場にあります。
その人たちの気持ちを掴み方向性を合わせなければならない、場合によっては本社の意向として命令しなければならないこともあります。地方のコミュニティでは、年功や役職を重んじる傾向が強いことも多々ありますので、一定の年齢・役職がないと、十分な企画・遂行・調整ができず、担当者も大きなストレスに晒されます。少なくとも管理職者、できれば本社の部長クラス以上が司令塔となることが適当です。
施策のスケジュール
≪番組では≫
全従業員に一斉に工場閉鎖を告げて全員に退職してもらうことを目標とし、発表の1年前にイチローさんが工場に赴任して、1年間をかけて準備を行う、という進め方をします。イチローさんは「青天の霹靂となると精神的負担が大きいので、『何でこうなった』ということにならないよう、管理職が集まる日頃の会議において『景気が悪い』『工場の採算が取れていない』などと伝え、工場の従業員にも『自分たちで考えていかないと、このままだと工場がまずい』と伝えていく。」 と語っています。
1年間のイチローさんの仕事は「リストラを告げるときのシナリオを作ること」、つまり施策の黒子・裏方としての役割です。そして、イチローさんの着任から1年後、全従業員をホールに集め、工場長から工場閉鎖と全従業員の雇用終了が告げられ、個別の面談に入っていきます。
≪考 察≫
番組で紹介された施策の実行スケジュール自体は標準的で、適切なものであると思われます。
まさに一大事ですから、準備に1年をかけることは適切な対応ですし、その間に工場の置かれた極めて厳しい状況を従業員にきちんと認識してもらう取り組みも適切です。閉鎖が発表された際に怒号が飛ぶようなことはなかった、という点に表れています。そして発表にあたって、本社から来た人事担当などではなく、現場の総責任者で最も信頼されているであろう工場長が行うことも、最も望ましい対応です。従業員が「自分のこと」として真剣に受け止めることにも繋がります。
なお、番組の事例では「1年間の準備(秘密)」→突如「発表」という流れですが、これは状況によって変わってくることもあります。
基本的に「生産終了日」から逆算して実行スケジュールを作成しますが、突如「発表」ではなく発表内容を選択しながら段階的に告知していくこともあります。生産量の調整、生産移管の予定、取引先との関係、他工場での従業員の受け入れ可否、適時開示・プレスリリース関連などを総合的に検討して実行スケジュールを決定します。
面談の実施
≪番組では≫
工場の各部署の部長が個別面談を行っていきます。大きな揉めごとはありませんでしたが、面談者である部長の1人が自殺してしまいます。
≪考 察≫
工場の各部署の部長が個別面談を行うことは適切です。本社の人事担当者などが面談を行っても、「一緒に仕事をしたこともないあなたに何がわかるのか」などと言われて反発されることも多くなります。長い間の苦楽を共にして一定の信頼関係ができている直属の上長が話を進めたこと、そして1年間をかけて従業員の意識転換を図ってきたことと合わせて、大きな揉めごとが起きなかったことに繋がったと思われます。一方で、面談者である部長の1人が自殺するという、非常に痛ましい事故が起きています。
この事故は防ぐことができなかったのでしょうか?
亡くなられた部長の様子について番組からは判りませんが、イチローさんは気付かなかったとのことです。部下に退職を勧める訳ですから、大きなストレスがかかり罪悪感に苛まれる人もいます。部下との関係性にもよりますが、特に感受性が強く相手の感情に同調しやすい人の場合、上司側の様子も注視しておく必要があります。
しかしながら若手のイチローさんでは、かなり年上で上席の部長たちをつぶさに観察し声を掛けることも、相談に乗って助言することも難しかったであろうと想像できますし、全体的な面談進捗をマネジメントする体制を構築するにも、力が不足していたのではないかと思われます。この事故は、部長と部下との関係性、部長のメンタリティ、遂行管理体制、若い人事担当者の課題など、様々な要因が重なって不幸な事態へと繋がっているように思われます。
面談者が亡くなるという事態は極めて稀なことで、通常ではまず起きることはありません。人事の役割は、裏方・黒子とは言いながらも、施策全体の司令塔の1人でもありますので、やはり業務経験が豊富で発言力があり、一定の役職に就いている人が望ましいでしょう。人事担当の人選によっては、この事故は防ぐことができた可能性があります。
イチローさんのその後
≪番組では≫
番組では詳しくは描かれておりませんが、「リストラ担当」から解放されるために会社を退職し、現在は別の会社で人事担当をしているとのことです。
≪考 察≫
イチローさんも、ソウタさんと同様、自ら退職するに至りました。施策自体は成功裏に終了できたのかもしれませんが、この施策によって1人の命が失われ、イチローさんの心にも大きな傷が残ってしまったものと思われます。
ソウタさんのパートでも述べましたが、リストラの面談を進めることは、通常業務とは全く異なる範疇で、相当に辛く苦しいことです。
いち担当者・いち部長の責任範囲でノルマを達成するように進めるものではなく、十分な管理体制・バックアップ体制をもって、会社の責任の下に「組織として」取り組むべきものです。
適切な進め方の流れ
人員整理はどのように進めていくのが適切なのか、その流れをご案内します。
【準備段階】 (制度の設計や事前準備を行います。)
①組織の意思決定
コスト削減のための人員整理は会社の存続にも関わる重大事項ですので、社長の独断ではなく、経営陣で協議した上で「組織として決定」します。
②スケジュール決定
特に対象者との面談の進行を想定し、必要十分で実行可能なスケジュールを決定します。闇雲に進めるのではなく、ゴールを決めて進めることが大切です。経営上の理由で先に退職日が決まっている場合は、その日をゴールとします。
③優遇措置の決定
対象者が合意するための優遇措置(退職金の割り増しや再就職の支援など)を決定します。
④コスト/原資決定
優遇措置に基づき、必要となるコスト/原資を決定します。
⑤個別対応方法の検討
個々の対象者に対して具体的にどのような対応をしていくのか検討します。
⑥労使調整
労働組合や労働者代表に対して、対象者が相談に行くことが想定されますので、事前に会社方針を説明し、理解を得ておくことが大切です。
⑦面談準備
面談が、違法な状態や対象者を追い詰めるような不適切な状態にならないよう、事前に十分な知識を習得し準備しておきます。
【実行段階】 (面談対応や進捗管理を行います。)
⑧対象者との面談
事前に習得した知識に基づき、違法とならないよう留意して適切な面談を行います。1回の面談で終了することは現実的ではないため、複数回実施することを念頭に置きます。
⑨退職合意
対象者が合意したら、退職合意書を取り交わします。本人の自主的な退職ではないため、退職願を提出させるよりは退職合意書の取り交わしの方がスムーズにいくことが多いです。
⑩退職に向けて、再就職活動
対象者が退職に合意したら、業務の引継ぎ等を考慮しながら、再就職活動を認めます。会社でサポートする場合や再就職支援会社のサービスを利用する場合も、すぐに対応を開始することが有効です。
最後に
人員整理の実施に至るということは、会社が、一定の高いレベルでのコスト削減を要する事態にあるということです。
この場合、①全員の給与を一律で大きく削減するか、②一定の人員を削減するか、選択しなければならない場面でもありますが、①を選択した場合、全社的なモラルダウン・モチベーションダウンを招く恐れが大きく、後々に悪影響を及ぼす可能性があるため、②を選択することが多いのも現実です。会社の置かれた状況によっては、人員整理を実行しなければ、会社の存続自体が厳しくなる場面もあるでしょう。まさに苦渋の選択であることは間違いありません。
一方で、日本における企業は、大企業から中小企業まで含め、3百数十万社あります。ある従業員が、現在の所属企業では実力を発揮することが難しい状態であったとしても、その能力を必要としている企業、活躍できる企業が他に必ずあります。この十年来、企業の垣根を超えた人材リソースのシフトを、政府も推奨してきています。これは人的資本を社会的に有効に活用しようということで、働く人の活躍の場を広げていく取り組みでもあります。
この実現は、結果的に企業と個人の共栄に繋がることでもあるのです。