人的資本経営とは、人材を「資源」ではなく「資本」として捉え、コストではなく投資の対象とし、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値を高めていく経営手法です。
いまグローバルでその必要性が高まっており、日本においても企業に対する人的資本の情報開示が求められていますが、一方で、従来の経営手法との違いや、具体的な取り組み方法などについて、判然としていない場面も多いように見受けられます。
以下、人的資本経営が求められる背景、人材戦略に求められる要素、具体的な取り組みのポイント、そして人的資本の情報開示に関する政府・行政の指針などについて、簡単に説明いたします。

人的資本経営とは 

≪目 次≫

パートⅠ 人的資本経営とは

  1. 「人的資本経営」の基本思想
  2. 人的資本経営」導入の動き
  3. なぜ「人的資本経営」が重視されるのか

パートⅡ 人材戦略に求められる「3つの視点」 と 「5つの共通要素」

  1. 3P・5Fモデルとは
  2. 3つの視点
    1. 経営戦略と人材戦略の連動
    2. As is - To beギャップの定量把握
    3. 企業文化への定着
  3. 5つの共通要素
    1. 動的な人材ポートフォリオ
    2. 知・経験のダイバーシティ&インクルージョン
    3. リスキル・学び直し
    4. 従業員エンゲージメント
    5. 時間や場所にとらわれない働き方

これらの内容の文書をPDFでご用意しています。ぜひご活用ください。ダウンロードも可能です。

人的資本の情報開示について

企業の人的資本に関する情報の開示について、内閣官房や金融庁から発信されています。

この情報開示に関しては、「開示が義務化されているもの」と「開示が推奨されているもの」の2種があります。これらがどのようなものなのか、簡単に整理してご案内してまいります。

1.開示が”義務化”されているもの

時期:2023年度から
対象:上場企業等(金融商品取引法第24条による「有価証券報告書」の提出義務がある企業(約4000社)、中小企業は努力義務を経た後に義務化される方向)

2023年1月31日、金融庁により改正された「企業内容等の開示に関する内閣府令」において、有価証券報告書および有価証券届出書(=有価証券報告書等)に記載すべき事項に新たに追加されました。開示が義務付けられているのは以下の2分野6項目です。

(1)サステナビリティ(持続可能性)に関する情報
①人材育成方針
  人材育成の方針、研修内容・時間・費用など

②社内環境整備方針
  多様な人材に対応する社内環境の整備状況と方針

(2)人材の多様性に関する情報
③女性管理職比率
管理職全体に占める女性比率 (※対象:従業員301人以上の企業)

④男性育休取得率
 男性の育児休業の取得率(2023年4月の事業年度から開示)
(※対象:従業員1000人以上の企業)

⑤男女間賃金格差
 男性の賃金に対する女性の賃金の割合(正規雇用・非正規雇用別)
(※対象:従業員301人以上の企業)

⑥人的資本や多様性の測定可能な指標と目標
育児休暇の取得率・復職率、外国人労働者の採用率・定着率など

2.開示が”推奨”されているもの

時期:随時(即時)
対象:全ての企業

2022年8月30日、内閣官房から「人的資本可視化指針」が公表されました。
この中において、「開示が望ましい項目」として、7基準19項目が提示されています。

(1)育成
①リーダーシップ
 管理職リーダーシップの評価、リーダーシップサーベイ分析結果、部下数など
②育成
 研修時間、研修費用、研修参加(受講)率など
③スキル/経験
 スキル向上プログラムの種類、対象、提供した支援など

(2)エンゲージメント
④エンゲージメント
 従業員満足度(待遇、労働環境、仕事内容、働き方に対する満足度)、定着率など

(3)流動性
⑤採用
 新規採用の総数・比率(年齢層、性別、地域による内訳)、採用コストなど
⑥維持
 定着率、人材確保・定着の取り組み説明、離職率・重要ポジションの離職率など
⑦サクセッション
 後継者の有効率・カバー率・準備率など

(4)ダイバーシティ
⑧ダイバーシティ
 属性別の従業員・経営層の比率、労働者の多様性(年齢、性別、障がいの有無)など
⑨非差別
 男女間給与の差・格差是正の措置、正規雇用・非正規雇用の福利厚生の差など
⑩育児休暇
 育児休業後の復職率・定着率、男女別の育児休業取得者数など

(5)健康・安全
⑪精神的健康
 メンタルヘルスに関する医療・ケアサービスの利用促進など
⑫身体的健康
 健康に関する取り組み、業務以外での医療・ヘルスケアサービスの利用促進など
⑬安全
 労働災害の種類・発生件数・割合、労働災害による死亡数、ニアミス発生率、安全衛生マネジメントシステム等の導入の有無、安全に関する取り組みの説明など

(6)労働慣行
⑭労働慣行
 労働組合において団体賃金交渉の対象となる労働者の割合など
⑮児童労働・強制労働
 児童労働・強制労働に関わるリスクがあると考えられる場合の説明など
⑯賃金の公正性
 正規雇用・非正規雇用の平均時給など
⑰福利厚生
 正規雇用・非正規雇用の福利厚生制度の適用範囲など
⑱組合との関係
 団体交渉の権利や労働組合法に基づく行動(結社)の自由の説明など

(7)コンプライアンス・倫理
⑲コンプライアンス・倫理
 人権問題や差別事例の内容・件数・対応措置、苦情の件数、業務停止件数、ハラスメント事例の件数・対応措置、懲戒処分の件数・種類、
コンプライアンスや人権等の研修を受けた従業員割合など

「人的資本の情報開示」の有用性

≪企業経営の一環≫

 「人的資本の情報開示」は、従来の人事変革のための仕組みや手法とは根本的な思想が異なり、市場における自社の企業価値と直接連動する企業経営の一環、企業経営そのものと言えます。もちろん従来の仕組みや手法にも、経営方針を受けて実行され企業経営に繋がるものも多くありますが、「人的資本」の考え方は広く「市場」を意識しており、そもそもの立ち位置が異なります。

≪標準の指標≫

 「人的資本の情報開示」に用いられる指標は、個々の企業独自のものではなく全体標準となる指標ですので、自社の人事戦略の合理性や妥当性を判断する材料ともなります。 これまで自社内で独自に判断していたものを、明確に表された標準指標に基づき、市場の中で判断することができます。

≪人事部門の転換の契機≫

 人的資本経営においては、人材は資源ではなく「資本」、育成に投じる資金はコストではなく「投資」、マネジメントの方向性は管理ではなく「価値創造」です。人材版伊藤レポートにおいて、「同一の雇用慣行、人材戦略で運営されてきた企業においては、人事部は管理部門として人事施策のオペレーションを中心に担ってきた。今後、この役割を大胆に見直し、ビジネスの価値創造をリードする機能を担っていく必要がある。」と述べられています。
 「人的資本経営」に着手し「人的資本の情報開示」を進めることによって、これまで管理部門・コストセンターの位置づけが多かった人事部門が、企業価値を創造するプロフィットセンターへ転換していく契機となります。

≪最後に≫

 人的資本の情報開示は、まず上場企業等において義務化されていますので、中小企業においては優先順位の高い取り組みとは考えられていない可能性があります。しかしながら、重要なのは人的資本の情報開示そのものではなく、そこに至る業務の抜本的な見直しと整理、仕組みの構築、プロセスです。人的資本経営で示されている内容は、限られた人材を有効に活用し会社を発展させていくために必要なもので、中小企業こそ着手する価値がある取り組みとも言えます。